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ロッテルダムでインタビューを受けているジミー・ウェールズ
ロッテルダムでインタビューを受けているジミー・ウェールズ

この秋にはいくつかのビッグニュースがありました。たとえば、10以上の言語で配布され、世界中で取り上げられた、100万項目達成のプレスリリース、ドイツで広く報道されたディレクトメディアのドイツ語版ウィキペディア CDに関するプレスリリース、いくつもの言語でいくつもの報道やブロガーから大きく取り上げられたウィキニュースの立ち上げなどです(7ページの「メディアにて」をご覧ください)。

この4ヶ月の間に、英語版だけでなく他の大きなウィキペディアも、いくつかの主要なメディアで取り上げられるようになりました。たとえばフランス語版ウィキペディアを題材とする記事がいくつか書かれました。そのひとつには『リベラシオン』誌があり ([1])、また非常に批判的な『シャルリー・エブド』誌の記事がありました([2])。11月27日には、アンテールがラジオBFMでラジオインタビューを受けました( [3]をご覧ください)。ヤンも1月にラジオのインタビューを受けました([4])。

ウィキメディア・プロジェクトに関する記事の引用は、7ページの「メディアにて」をご覧ください。

アンジェラ・ビーズリー
アンジェラ・ビーズリー

アンジェラもまた BBC Radio 4 のインタビューを受けました。以下アンジェラがその模様をご報告します:

「11月17日、私は、ウィキペディアについて、初めてのラジオ・インタビューを受けました。番組は BBC ラジオの You and Yours でした。最初に申し込みを承諾したとき、これが生放送だということは知りませんでした。けれども始まってみれば、事前に思ったほど恐ろしいものではないことが分かりました。インタビューはイプスウィッチの BBC サフォーク局で行われました。私の自宅から一番近い BBC エセックス局のスタジオはそのときすっかり塞がっていたからです。到着すると「グリーン・ルーム」で待つようにと案内されました。これは名前ほど感銘ぶかいものではありませんでした。部屋には、ソファ、飲料水、BBC ラジオ・サフォーク局に関する報道のスクラップ・ブックがありました。録音が始まる前に、私は小さなスタジオに連れて行かれ、ヘッドフォンを渡されました。これは番組とマンチェスターにいて話しかけてくるディレクターの声の両方を聴くことができるようにするものでした。録音中、スタジオには私ひとりでした」

バンバー・ギャスコインが、百科事典の歴史をかいつまんで話し始めました。そして録音済の、伝統的な百科事典とウェブを使うことを比較する家族への調査が再生されました。 次に、マンチェスター工科大のイギリス人教授、マイケル・シュミットが、今日ではいかに自分の学生が書籍で調査するよりもコンピュータを使う傾向にあるかという話をしました。司会者のリーズ・バークレーが、どのようにウィキペディアが機能しているのかのポイントを話すように私にたずね、私はサイトがどんな人にも編集可能であること、荒らし行為がどうやってすぐに発見され差し戻されるかを説明しました。バンバーはロンドンのスタジオにいて、自分のサイトであるヒストリー・ワールドについて話しました。バンバーとマイケルは二人とも、ウィキペディアの項目はある時点で編集されないように凍結されなければならない、と感じていました。しかし私は、恒久的にページを編集できなくするよりも、あるバージョンを「安定版」としてチェックをつけておき、安定版を必要とする読者にはそちらを示し、最新の項目は編集できるままにしておくという考えを話しました。番組のこのコーナーは20分弱の長さがあり、バンバーがこう締めくくりました。『印刷された百科事典は信用できるという考えには意味がないということですね』」

このときの番組を聴く