Why Japanese Wiktionary was closed

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Abstract: On February 2005, Japanese Wiktionary was closed based on community concensus. Two users analyze the reason of JA WT closure. A direct reason was bad governance (and heavy vandalism in result), and it was caused by lack of commitment, discouraged by less developed policies and spread of vandalism. Shortly there was a spiral of discouragement to editors. Such a reproduction of discouragement had been caused by absence of devoting editor(s), according to Electric goat. To avoid such a situation, eG proposes three initiatives: 1) good attractive gouvernance, 2) steadily development of contents, in particular if a small number of editors commit themselves, 3) Not restriction but incentive promotes the project, such as development of guidelines or WikiPortals. Aphaia agrees on this analysis and proposal and adds that focusing on mission statement and establishment of community on good faith is of importance. To develop requires the community to exist, not vise versa.

Dialogue of two Japanese Wiktionarians on closure of the project originally on ja:User talk:Electric goat


JAWT閉鎖[edit]

ご無沙汰しています。WQ3に簡単に日本語版ウィクショナリの閉鎖について触れようと思います。最初前にMLにお出しになったものをまとめてと思っていたのですが、いまいち原因がよく分からないということをいわれました。何故閉鎖にまで至ったのか、そこにいたる過程で何がまずかったのかということがあそこからはわからないということなんだと思いました。直接的には荒らしがひどかったから、という風に考えていますが、そこに至るまでの過程はちょうどプロジェクトを見ていなかった時期なので私にはわかりません。電気山羊さんはわりとよく顔を出されていたようなので推移もご存知だろうと思います。

... 。--Aphaea* 2005年4月6日 (水) 05:41 (UTC)

あいまいな日本の私 Ambiguous Japan and/or I[edit]

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さて、私の視点から閉鎖について考えたことを書いてみます。なぜウィクショナリーは閉鎖されたのかというと、私がリクエストしたからなのですが、それはさておき、私が閉鎖をリクエストできたのは、あまりにうまく運営できていないと感じる人が大半であり、閉鎖することへの合意がなされたためです。運営がうまくいかなかった原因は、ウィクショナリーにコミットする人がほとんどいなかったためです。なぜコミットしなかったかは、基本方針や日々の整備ができていなかったのと、荒れていたからでしょう。このように悪い方向へと正のフィードバックループが働いてしまっていたわけです。そこで、放置して悪化が急激に進むよりは、閉鎖してこのループを一度断ちたいという合意が得られたのだと思います。基本方針を整備することで良い方向へのループへつなげようというのが閉鎖の目的です。正直なところ、自分の気力が続かなかったこともあり、思ったよりも再開までに時間がかかっています。

閉鎖の原因は雰囲気 atmosphere だと思います。原因は複合的で、どれか一つを挙げても、そこからイモヅル式に連なっている様を見ることになるでしょう。こういう「あいまいな」ところが、理解されづらい原因でしょう。もう一つ閉鎖に対する疑問は「閉鎖せずに運営することはできなかったのか?」ということかと思います。もしそこにコミットする熱意とビジョンと能力を持った人が一人でもいればなんとかなったでしょう。しかし実際には熱意を継続できる人はいませんでした。閉鎖の合意もまた雰囲気でしょう。悪い雰囲気はモチベーションを下げます。良い利用者はなんとなく嫌な雰囲気を感じて寄り付かなくなり、そんなことおかまいなしなのは好き放題にやりたい人だけになる。荒らしが多いのであれば日本語話者でなくても管理者を増やせば良いのではないか、というのは、日本語を十分に理解できる人なら良いですが、そうでなければ解決にはならないのではないかと思います。基本方針の整備や雰囲気の改善という視点からも。

閉鎖の理由が理解されないのはなんとなく理解できるのですが、この説明で理解されないのであれば、私は今のところ他に理解してもらう言葉を持ちません。「悲しいかな日本語版ウィクショナリーを愛する人がいなかったのだ」とでも言えば良いでしょうか?実際ウィキペディアほどには魅力を感じていない人も多いようです。

今後どうすればうまく行くのか、私なりの考えを書いてみます。ブロックや削除などの保全なら特に辞書に関する知識がなくてもできますし、私でもしばらく引き受けることができますが、コンテンツ作成のためには項目の立て方の基本方針が必須です。ひらがなカタカナ漢字アルファベットが入り交じる日本語の特性からして、ちょっと一筋縄ではいかない独自の問題があるので、ここのところを話し合っておく必要があるでしょう。

それから、ウィキペディアでいくつかの企画運営に関わって学んだことですが、1) 実際に自分で運営に関わって魅力的なものを作り、それをアピールすることです。2) それから十分な人数がいない間はコンテンツもこつこつ手がけていくことです。3) 行動を制限するルールを作るよりは、ガイドラインやポータルで良い方向へ促すことです。言葉は悪いですが、こういう「人柱」が少なくとも再開後しばらく必要なように感じています。再開後、短くとも一ヶ月くらいはウィクショナリーを主軸として活動するつもりです。

電気山羊 2005年4月7日 (木) 05:33 (UTC)

p.s.「居酒屋」で提案したのは私ですが、あとから jawiki-l を見ると Aphaia さんの方が先に閉鎖案を提出されていますし、ある程度実情を把握されていると思いますが、どうでしょう。

p.p.s. いつもよりも長い文章になってしまいました。短くする時間がなかったのです by パスカル

感情の論理 autre raison[edit]

詳細な分析をありがとうございます。まず追伸のほうに先にお返事すると、私は編集回数こそ少なくはないのですがプロジェクトに継続的に関わっていたわけではない、とくに夏から秋にかけての時間、またCase Sensitive 導入の後、しばらくこれで上に向かうのかなという時期があってその後目を離していたところ、ある日何の気なしに通りかかったらひどい状態になっていたという事情がありまして、悪化していく様をリアルタイムではみていないので、確信をもって状況を描写するというのは手にあまるというのが実感としてあります。それで継続して関わっておられてかつ閉鎖の提案をした電気山羊さんのご意見を伺ってみたいと思いました。

理由の分析と再発防止のための対策ですが、ほぼ同感です。やはりオープンプロジェクトは個人であれ集団であれ、核になる人を必要としていると思います。熱意と運営面および技術面(あるいは知的)能力とそして十分に関われるだけの時間をもった人ないし人々が、自分のしたいことをするなかで方向性がおのづから出て行くのだろうと思います。そして残念ながらウィクショナリーに関しては、ウィクショナリーを嫌いな人は少なかったでしょうが、深く愛した人もまたいなかった、あるいはおられたのかもしれないけれども、諸事情により関わることが出来なかった。ということなんだろうと思います。この点では「愛した人がいない」というのに同感です。

他のウィクショナリーをみていても、やばりほぼ専属で関わる人がいないとつらいように思います。表記法に触れておられましたが、そうしたフォーマット面の整備を言語の運用能力の裏付けの自身をもってかかわれる人が最低ひとりいないと、そこは弱くなるという気がします。そして多言語辞書を標榜する限りは、一プロジェクトでそれをまかなうということにはかなり無理があって、他のプロジェクトとの協調がウィキペディア以上に必要となるのかなと思いました。JAWTのケースセンシティヴ導入にしても、結局表面にこそ出てきませんでしたが、イニシアティヴをとったのはオランダのGerardMさんだったわけですし。彼が私を説得し提案を出させ、そして強力に開発者をくどいて他の作業をおいてもそれを実行してもらう、というところまでもっていったわけですから。。それをみていて、人を動かすのは何よりも熱意なのかなと思いました。

対策のところもほぼ同感です。こつこつとコンテンツを積み上げていくことが、ある日人の眼をひき、参加したいと思わせる。そのためにはコンテンツの中身も魅力あるものにするということだと思います。また当たり前のことなのですが、議論はコンテンツを改善させるためにまずあるのであって、その他のことは二次的である、というプロジェクトの本質をきちんと把握した上で魅力のあるコミュニティを作るということが大事だなと思いました。そうでないと、一部のプロジェクトで出ている人間関係の調整のためにかなりの資源が費やされるということが常態化するだろうと思います。

そして何がコミュニティの魅力なのかというと、魅力のあるコンテンツを備えた上で、投稿者が歓迎されているという感じをもつことだろうと思います。善意から出たことならば何でもゆるされる、逆に悪意のある投稿や個人攻撃に対しては断固とした拒否を示す、という寛容と規律の両面をバランスよくたもつことだろうと思います。

ポータルの整備などは重要でうまく機能すると非常によいのですが、ただ最初からあれこれ立ち上げるのもかえって器だけが目に付くように思います。CPはリンク集と情報告知という二面を備えていますのでわりとしっかり整備する必要があるでしょうが、その一方で情報告知は居酒屋がきちんとしていれば余り気にかけなくてもよいかなとも思います。

しばらくの間積極的にJAWTを見ていただけるとのご発言を心強く思います。3日に一度あるいは5日に一度顔を出すだけでも、コミュニティの方向を確実に作り出しかつ着実にメンテナンスをしている管理者は多くいます。そういう管理者のひとりに電気山羊さんもなっていただけるのではないかとあらかじめ期待しつつ、改めてレポートのお礼を申し上げます。--Aphaea* 2005年4月7日 (木) 09:07 (UTC)